AIは仕事を奪うのか? 「予測コストの劇的低下」がもたらす人間と機械の新しい分業
ソローのパラドックスからAI版パラドックスへ
1987年、ノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソローは「コンピュータ時代は至るところに見られるが、生産性統計の中には見当たらない」と指摘し、「ソローのパラドックス」として知られるようになりました。技術が急速に普及しても、それが統計上の生産性向上に直結しない現象です。
それから約40年が経った現在、私たちは「AIは至るところに見られるが、生産性統計の中には見当たらない」という、いわば「AI版ソローのパラドックス」に直面しています。ChatGPTや画像生成AI、自動運転技術が広がる中でも、マクロな生産性統計にはAIの明確な痕跡がまだ限定的である、という現状です。
しかし、ソローのパラドックスの歴史が教えてくれるのは、時間が経てばこのパラドックスは解消されるという事実です。1990年代後半から2000年代にかけて、米国の生産性は急上昇しました。これは、コンピュータと情報技術が企業の業務プロセス、組織体制、人的資本と「補完」関係を築き、社会に組み込まれるまでに20年以上の時間を要した結果であると分析されています。
このことから、AIについても同様のことが言える可能性が高いでしょう。AIが社会に正しく組み込まれれば、生産性は確実に上昇すると考えられます。ただし、そのためには制度、人材、組織、既存設備の変革が必要であり、それには時間がかかると清水氏は指摘しています。

AIとは何か:「予測コストの劇的低下」という経済学的定義
AI(人工知能)という言葉は広く使われていますが、経済学的にどのように定義されるのでしょうか。本連載では、トロント大学のアジェイ・アグラワル、ジョシュア・ガンス、アヴィ・ゴールドファーブの著書『Prediction Machines(予測マシンの世紀)』(2018)および『Power and Prediction』(2022)に基づき、AIを「予測のコストを劇的に低下させる技術である」と定義しています。

この定義は技術的なものではなく、経済学的な視点からAIの本質を捉えたものです。画像認識、文章生成、自動運転、医療診断支援など、AIのあらゆる機能の根底には、「ある条件の下で何が起こるか」を確率的に推論する行為があります。人間が行えば時間と専門知識が必要だったこの推論を、機械が安価かつ大量に行えるようにすることこそが、AIの本質だといえるでしょう。
予測のコストが低下すると、経済学の基本原理に基づき、その利用が増加し、補完財の価値が上がり、代替財の価値が下がります。予測の補完財は「判断」「データ」「行動」であり、代替財は「人間の予測労働」です。
つまり、AI時代には、人間の予測労働の価値は下がり、判断する力、データを整える力、判断を実行に移す力が価値を増すと考えられます。たとえば、経理職員の仕事は計算予測から、社員とのコミュニケーションや倫理的な組織支援といった「判断」と「行動」が中心になります。教師の仕事も知識伝達から、生徒一人ひとりに寄り添う力やクラス運営の力が中心へと変化するでしょう。AIは人間を置き換えるのではなく、人間が担うべきタスクの中身を変えるものなのです。
「47%が消える」議論の何が間違っていたのか
2017年、オックスフォード大学のカール・ベネディクト・フレイとマイケル・オズボーンは、米国の労働市場における約47%の職業が自動化のリスクにさらされるという論文を発表し、大きな注目を集めました。この数字は「AIに仕事を奪われる」という社会的不安の象徴として世界中で報じられました。
しかし、この推計に対しては、すぐに経済学者たちから反論が提出されました。ドイツの労働経済学者であるメラニー・アーンツらは、フレイ・オズボーンの方法論を精査し、「職業が代替される」ことと「職業の中の特定タスクが代替される」ことを混同していると指摘しています。ほとんどの職業は複数のタスクで構成されており、AIに代替されうるのはその一部であり、全体が消失するケースははるかに少ないのです。タスクごとに評価をすると、OECD加盟国全体で自動化リスクが高い職業は約9%に下方修正されました。
この47%と9%という大きな差は、議論の解釈の重要性を示しています。フレイ・オズボーン流の議論が「AIができること」を技術的な可能性として見積もるのに対し、アーンツ流の議論は「実際の職業の中でAIに代替されるタスクの割合」を見積もるものです。後者の「タスク中心の発想」こそが、社会の中で実装されるのは技術ではなくタスクの代替であるという現実を捉えていると清水氏は強く支持しています。
AIは職業を奪うのではなく、タスクを再編成します。そして、この再編成の質こそが、社会全体の生産性を決定する重要な要素となるでしょう。
まとめとPropTech-Labについて
AI時代において、私たちはAIに仕事を奪われることなく、むしろ組織に正しく組み込んで生産性を向上させるために、どのような変革を進めるべきでしょうか。過去の歴史が示す教訓と、AI時代の「人間と機械の新しい分業ルール(予測・判断・責任の三層構造)」について、さらなる考察が期待されます。
この連載の続きは、プロパティ・テクノロジーズ 公式サイトで読むことができます。
参考・引用文献
- Agrawal, A., Gans, J., & Goldfarb, A. (2018, updated 2022). Prediction Machines: The Simple Economics of Artificial Intelligence. Harvard Business Review Press.
- Agrawal, A., Gans, J., & Goldfarb, A. (2022). Power and Prediction: The Disruptive Economics of Artificial Intelligence. Harvard Business Review Press.
- Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2017). The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation? Technological Forecasting and Social Change, 114, 254–280.
- Arntz, M., Gregory, T., & Zierahn, U. (2016). The risk of automation for jobs in OECD countries. OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No. 189.
PropTech-Labとは

『PropTech-Lab(プロップテック・ラボ)』は、不動産市場に新たな価値をもたらし、人々が住まいを選ぶ際の新しい基準や簡便さ、価値観を醸成・提供することを目指す研究機関です。市場のニーズに応え、価格高騰の抑制に努め、より多くの人々が質の高い住宅を手に入れられる社会の実現に貢献します。
清水 千弘氏は、2022年1月より株式会社property technologiesグループに参画し、社外取締役を経て2024年7月よりPropTech-Lab所長に就任しています。
株式会社property technologiesについて
株式会社property technologiesは、「UNLOCK YOUR POSSIBILITIES. ~テクノロジーで人生の可能性を解き放つ~」をミッションに掲げ、年間36,000件超の不動産価格査定実績やグループ累計約15,000戸の不動産販売で培ったリアルな取引データ・ノウハウを背景に、「リアル(住まい)×テクノロジー」で、誰もが「いつでも」「何度でも」「気軽に」住み替えられる未来に向けた、手軽で利便性の高い不動産取引を提供しています。
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